2004年11月16日火曜日

「一年、一刹那。」 上士幌町 光明寺 西原信子

 早くも11月に入りました。アテネ・オリンピックや甲子園の高校野球で手に汗を握った夏がつい昨日のように思われます。オリンピックでは日本のメダル獲得数が史上最多ということで、日本選手の活躍が印象に残りました。オリンピックの期間中ずっと寝不足という方もおられたことでしょうね。それもそのはず、陸上の短距離や、競泳では0秒01という単位で速さが競われますものね。つまり1秒の100分の1の争いです。

 ところで、仏教で言う最も短い時間の単位は「刹那」[せつな]といいます。

 ものの本によりますと、この「刹那」は75分の1秒に相当するんだそうです。陸上や競泳での100分の1秒の争いというのはこの「刹那」よりももっと細[こまか]いわけです。でも100分の1秒くらいで驚いていちゃいけないんですね。カメラのシャッタースピードなんて2000分の1秒、3000分の1秒というのがあるそうですから。科学の進歩って凄[すご]いですね。

 ところでまた仏教の話に戻りますが、この75分の1秒という「刹那」を単位として、この世の物事はすべて生滅[しょうめつ]を繰り返すというのが仏教の教えです。

 よく私たちは「アッという間」とか「一瞬のうちに」などと言いますが、そんなもんじゃないよということです。

 こういうふうに頂きますとね。お歳を召した方の口から「歳をとると一年とも言われないですね」という言葉を聞くことがありますが、そして私自身もその言葉が他人事でなく心に響くようになってきましたが、一年とも言われないなんてずいぶん悠長な言葉なんだなとつくづく知らされます。一年や一月[ひとつき]ところじゃない、一日どころでもない、一秒とも言われない世界がこの娑婆世界なのですね。ところが私たち凡夫はこのことをなかなか気づこうとしないのです。

 でも、こう考えますとね。

 激しい無常の風にも誘われることなく、一年どころか一日だけでも命が延びたということは、本当に凄いことなのですね。普段は何とも思わずに過ごしていますが、一日無事に過ごさせて頂いた、朝また目が醒めたというこの単純な繰り返しが、実は本当に尊ぶべきことなのかと味合わせて頂きます。

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